宮本 和明

代表取締役副社長

1973年、愛媛県松山市出身。婦人服の店を経営する母と、当時まだ珍しかったコンピュータ/通信ネットワーク分野に詳しい父の間に生まれる。両親が共働きだったため、おばあちゃん子として育つ。祖母につれられて四国八十八カ所詣りをし、3歳で般若心経を諳んじるようになる。同じ頃、3歳から老後に至るまでの長い夢を見る。「いい人生だった」と思ったところで夢から覚め、まだ3歳であったことに気付く。

学区の中学が荒れているという話を、おばあちゃんたちの井戸端会議で聞いたことがきっかけで、他の中学校に行きたいと言い始め、小学5年生から通塾。地元の中高一貫校、愛光学園に進学。

中学時代に自分専用のワープロ専用機(NEC文豪mini7)を手に入れ、暇な時間はワープロに向かう生活を送る。高校時代には、ワープロ専用機をモデムに繋ぐことで通信ができることを父親に教えてもらい、「パソコン通信」にハマる。それをきっかけに地域の大人たちと交流、地元の商店街の点字マップを作るなどのボランティア活動も行う。

1992年、東京大学理科1類に入学。受験前から文章を書くのが好きだったのが嵩じて、3年次には文学部言語文化学科(国文学)に文転。脚本も書いてみたいと思い学生劇団にも所属。熱中するあまり1年間留年する。しかし1年後も単位が足りず、二度目の留年が決まったタイミングで実家からの仕送りが途絶える。

生活費のため人生初のアルバイトを探していた1997年、大学のコンピュータルームで、HENNGEの前身「グループ・ホライズン」がパソコン家庭教師のバイトを募集するチラシを見つける。Appleのパソコン「Macintosh」の経験があったため応募し、ホライズンのメンバーと出会う。次第にオフィスを兼ねていたマンションの一室に入り浸るようになり、インターネットの可能性を小椋たちと話し合う場に面白さを感じ、在学中にホライズンに参加。同年に株式会社化した際、代表取締役副社長に就任する。

入社後は、大学在学中に通った絵本の専門学校で得たUI(ユーザーインターフェイス)の知識を武器に、ソフトウェアのインターフェース作成を担当。技術者が持ち込む無骨な技術を、実際に「使える」ソフトウェアに落とし込む役割を担った。その後メール配信システムの事業部門、カスタマーサクセス部門なども歴任。

なお、良くも悪くも部下を怒るのが大の苦手で、生まれてこの方一度も部下を怒ったことがない。